copyright(c)by k.someya 2000-2007 private homepage hobby & business
SOMEYA FACTORY
このサイトの無断転載、複製を禁じます

{
放送ジャーナルHP 仕事の部屋 旅行の部屋 カメラの部屋 模型の部屋

2014年|01月|02月|03月|04月|05月|06月|07月|08月|09月|10月|11月|12月|2016年

そめちゃんのSCOOP日記


2015年12月31日(木)
今年も一年間お世話になりました
 今年もあっと言う間に大晦日となってしまつた。今年1年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。
 今年のハイライトは、何といっても12月の前半に2週間にわたりブラジルの放送局市場を取材できたこと。日本方式のデジタル放送を採用したということで、どちらかというと上から目線でブラジルの放送局を訪問したが、最初に訪問したテレビグローボで、日本よりはるかに進んだ放送システムを見てビックリ、そして4Kカメラ50台を使用して、世界120カ国にドラマを輸出しているプロジャックの訪問で、ブラジルの放送局に完全に脱帽した。4K、8Kとうかれて放送の先進国と思い込んでいる日本の放送局は、完全にガラパゴス化していて井の中の蛙であることが良く分かった。これは、大きな収穫だった。



 10月に家内との旅行で訪れた、尾道の千光寺では、襖画を描いた道釈画家 七類堂天谿 画伯のサインを運良くいただけとことも嬉しい思い出となった。
 色々あった一年だったけれど、何よりも無事に過ごせたことが一番である。来年も、平穏な一年であって欲しいと思う。

2015年12月26日(木)
自分へのクリスマスプレゼント
 今年の自分へのクリスマスプレゼントは、鉄コレの10周年記念モデル・秋田中央交通の電動貨車の客車セット2種類と、近江鉄道のED14型電機機関車2種類と動力ユニット。10周年記念モデルの秋田中央交通は、ブラジル出張中の11月30日に発売された。12日に帰国して量販店や模型屋さんを探し回ったが既に売り切れ。
 それが、何とAMAZONに在庫が残っており、しかもヨドバシ価格より安く購入できた。



 ED14といえば、HOゲージーでは入門用の機関車で、カワイモデルや鉄道模型社のED14をだれしも1たいは持っていた。同形のボディで台車の違う、つぼみ堂のED11ベストセラーモデルだった。しかし、Nゲージーでは、
ワールド工芸の金属製モデルと、マイクロエースのなんちゃってモデルしかなかった(どちらも所有している)。その意味では、プラ製では今回が初の本格的モデルとなった。



 実物は、国鉄引退後、滋賀の近江鉄道に払い下げられ貨物輸送に活躍したが。
同鉄道の貨物輸送終了に伴い、現在は彦根駅の鉄道資料館に保存されている。



 一方、鉄コレの10周年記念モデル・秋田中央交通の電動貨車の客車セットは、よくぞこんなマイナーな車両まで商品化したというモデル。1969年まで奥羽本線の八郎潟駅から五城目駅まで結んでいた。高校3年の夏休み、、東北の蒸気機関車や私鉄を巡るたびで立ち寄ったが、その時は電動貨車でなく、ツートンカラーの凸型の電機機関車がが客車を牽いていた。写真を探したが見つからなかったが、おもちゃの様な列車の姿は鮮明に覚えている。

2015年12月24日(木)
一陽来復
 年の瀬感が全く沸いてこないが、我が家の暮れの恒例行事、早稲田の穴八幡宮に一陽来復の御札をいただきに行く。一陽来復の御札は、金融融通の御札として最近はパワースポットとしても紹介されるようになった。冬至から節分までの開いた授かることができる。御札を貼るには、それなりの約束事があり、冬至か大晦日か節分の日の深夜零時に、その年の恵方に向けて部屋の高い場所に貼らなければならない。



 東京生まれの両親が物心のついた時から大晦日の午前0時に貼っているのを見て育ったので、そのまま引き継いでいるが、江戸の鎮守だけあって個人的には御利益は絶大だと信じている。

2015年12月23日(水)
我が家のクリスマス
 娘二人が嫁いでから、クリスマスでもないのだけれど、街にジングルベルが流れると、ローストチキンやクリスマスケーキが食べたくなる。そんな訳で、今年も戸なりに住む母親を招待してクリスマスの小宴となった。



 今年のメニューは、定番のローストチキンに手巻き寿司、かに爪フライなど。参加者は還暦過ぎばかりなので、当然食べきれない。手巻き寿司の残りは、翌朝の海鮮海苔巻きに、ローストチキンは夕食のクリームシチューに変身した。



 ケーキも、本当はカットケーキで良いのだけれど、何となく寂しい。
結局、ホールケーキを買ってきたが、これも翌日まで持ち越すことになった。



 クリスマス飾りは、ツリーではなく、チェコのおもちゃ屋さんで購入した、ベツレヘムのキリスト誕生の人形劇のおもちゃ。人形の下に磁石が仕込んであり、磁石のついてスティックで動かすことができる。



 そういえば、先日いったブラジルでは、このベツレヘムのキリスト誕生場面のクリスマス飾りが各所で見られた。日本はツリーが中心だけど、国によってクリスマス飾りも違うようだ。

2015年12月22日(火)
焼鯖がいな丼と五反田で忘年会
 先のブラジル出張では、映画テレビ技術教会の毛塚事務局長に大変お世話になったので、お土産を持ってブラジルの出張報告。ちょうどお昼時となったので、日本橋の島根県のアンテナショップのレストラン『主水』でランチをいただく。美味しそうなメニューの中から、毛塚さんのお勧めで焼鯖がいな丼を注文。ほぐした焼鯖と玉子やいくら、各種野菜の入ったどんぶりに大根おろしと豆腐を入れて、よくかき混ぜていただく。
 半分ほどいただいたところで、お茶が出てきて、、後半はお茶漬けでいただく。若干、二日酔い気味の体には優しい一品だった。他にも、美味しそうなメニューが盛りだくさん。ぜひ、また挑戦したい。



 会社に戻り、仕事を済ませ、夕方は三友の五反田の新オフィスを表敬訪問。藤森社長にご挨拶し、篠原さんと、IDXの小倉さん、ブラックダックの横山さんと五反田のネオン街に繰り出す。さすがに休日前だけあり、どの店も満員。四件目にのぞいた、釧路十三番倉庫というお店が、たまたま1テーブル空いていたので、ここに決定。
 結果的に大正解で、生牡蠣、お刺身に始まりの、お酒は美味しい日本酒を堪能。この容器が、洒落ていたので、ペースがあがってしまい、夜遅くまで酒宴が続いてしまった。

2015年12月21日(月)
三友新スタジオと新谷さんと忘年会
 今日は、業界の大先輩の忘年会に参加するため、待ち合わせ場所の渋谷の文化村へ向かう。入り口を入ったところで、大竹さんと篠原さんにお会いし、これから三友の新スタジオへ行くというので、先輩にご挨拶して、公園通りの入り口のNOF渋谷公園通りビル7階に建設中の新スタジオを見せていただく。



 一部の設備は完成しており、既に仕事も始まっている。新スタジオは、MAルーム2室、ビデオ編集室6室の構成。Quantel Rioによる4K編集室も導入される。なお、新スタジオは1月8日に内覧会が予定されている。
 見学を終えて、文化村に戻ってビールを一杯飲んだところで忘年会の会場に移動。元虎舞竜のギターとキーボードを担当されていた本間さんのライブを聞きながら、昔話に花が咲いた忘年会だった。

2015年12月17日(木)
HP訪問
 放送文化通信社の坪井さんと、HPの本社に訪問する。都営新宿線の住吉で下車。実は馬喰横山より先に行くのは初めてだ。東京の西に長く住む人間にとって、山手線より東は未知の世界だ。
 まだ、完全に時差から回復していないのに、連荘で忘年会へ出席したため、頭の中がぐちゃぐちゃになっているところで、HPの推進したいというソリューションの展開を相談されても、中々良いアイデアが思いつかない。今回は顔合わせで、HPのソリューションの考えをお聞きするのが目的だったので、これをたたき台に業界参入のアイデアを練ってみたい。

2015年11月16日(水)
JAVCOM忘年会
 まだ完全に時差が取りきれていない。特に午後になると、2週間も地球の裏側で暮らして体が慣れてしまったので、眠くてしょうがない。
 まずは、15時からのJPPAの広報委員会に出席し、会報の校正作業と次号の企画会議を行う。続いて、新宿のハイアットホテルにタクシーで移動して、JAVCOMの忘年会に出席。元気な諸先輩にご挨拶。ジャズの生演奏を聴きながら、色々な方とお話ができ楽しいながらも眠気と戦う忘年会だった。

2015年11月15日(火)
NEC役員懇親会
 還暦を過ぎた頃から、時差に対する対応力が目に見えて衰えてきた。今日は、NECの役員懇親会。。土曜日にブラジルから戻って、日曜日は一日寝ていたが、完全に疲れが取れていない。


 
 NECの懇親会は料理もお酒も素晴らしい。無理を承知で魔王のロックを飲んだら、一杯でよい気持ちに。よせばいいのに、竹鶴のロックまで飲んだらいよいよ良い気持ち。放送担当もされている西村常務にご挨拶して早々に席を後にした。田町から山手線は運よく座れたが、途中で眠りこけて、2回もかばんを落として眼が覚めた。

2015年11月29日(日)~12月12日(土)
ブラジルに行ってきました
11月29日(日)まずはマイアミへ

 10月末にふってわいたようにやってきたブラジル出張の話。南米には行ったことがないし、なんか治安も悪そうで乗り気でなかったのだけど、仕事を持ってきた友人が、どんどん話を進めてしまう。どうしようかと、元NECの杉本さん、ソニーラテンアメリカの社長だった三瓶さんや毛塚さんに相談すると、絶対に行くべきという。だんだん、行く方向にモチベーションが上がっていき、InterBEE前に、ビザの入手や黄熱病の予防接種も済ませいよいよブラジルへの旅のスタートとなった。



 成田へは何時もの通り京成のスカイライナー。今回は2週間の長旅、しかも複数の取材先へのお土産と雑誌を詰め込んだら、スーツケースは20kgをオーバー。最近は、10kg程度のスーツケースの旅ばかりだったので、駅での乗り換えも大変だ。成田空港で、保険や両替をして、まずはJALでロサンゼルスへ向かう。



 JALの機内食は体に優しいという女性料理家プロデュースのハンバーグ。豆腐ハンバーグのような食感で悪くない。朝食は、JALでおなじみのエアー吉野家。この歳になると、朝から牛丼はちとつらい。



 ロスの乗り換え時間は2時間半で心配したけど、飛行機が早くついて、沢山並んでいたわりにはスムーズに入国でき、余裕でアメリカン航空のマイアミ行きに乗ることができた。マイアミには夜8時に到着。ロスとマイアミで二回の時差が付いてしまったので、もう一つ体調が良くない。9時前にエアポートヒルトンにチェックイン。あまりに疲れたので、非常用にと持参したきつねうどんをコーヒーメーカーで作っておやすみなさい。こうして、マイアミまでの長い1日が終了した。

11月30日(月)マイアミでストーンクラブ

 マイアミでは青空にゆれるパームツリーを想像していたが、朝から雨模様。ホテルで昼近くまでごろごろしてチェックアウト。12時にソニーラテンアメリカの岡田さんと待ち合わせてペルー料理店でランチを取りながら、ラテンアメリカの放送事情についてお話をうかがう。



 実は、マイアミに行ったら、この時期しか食べれないストーンクラブをぜひ食べたかったが、その有名店が月曜日はお休みということで、メニューにありそうなお店を探していただいたという。わがまま言ってすみません。



 ストーンクラブは、想像を超える美味しさ。蟹を獲ったら右のはさみだけ採って、海に戻すと来年また生えてくるという。



 ペルー料理は海鮮が主体で、どの料理も日本人にぴったりだ。海鮮チャーハンのような料理もとても美味しかった。食事をしながら、ラテンアメリカ全体の放送機器事情をお聞きし、15時前に岡田さんと別れ、ホテルからマイアミ国際空港に行き18時発のブラジルの翼TAM航空でいよいよサンパウロへ向かう。
 ここでいきなり、ラテンの洗礼を受けるむ。JALのEチケットを渡したら、窓口のおばさんが日本語は読めないので使えないと返される。エーと困った顔をしたら、ジョークジョークと笑って、一番前の広い座席を確保してくれた。ラテン恐るべし。


12月1日(火)リオのテレビグローボ

 朝5時半、ついにブラジルのサンパウロに到着。到着30分ぐらい前に入国書類が配られるが、ポルトガル語の上、字があまりに小さいので何を書けば良いのかわからない。何となく想像で書いて入国審査に臨むが、イミグレーションの窓口のお姉さんは、書類などろくに見ないでメクラ判で入国審査は終了。無事にブラジルに入国。税関も朝早いせいか誰も居ないでフリーパス。これからリオデジャネイロに行くので、税関を出たところのTAM航空のカウンターに荷物を預け国内線ターミナルに向かう。



 マイアミのTAM航空のおばちゃんは、国際線から国内線まで徒歩いくしかなく、しかも40分ぐらいかかるという説明だったが、15分程で国内線ターミナルに到着。本当にここでいいのか心配になって聞いてみるとOKだという。ラテンは大雑把というが、スケールが違うようだ。ラテンの尺度は、大雑把なようだ。



 9時過ぎにリオデジャネイロに無事到着、ここで仕事のパートナーのマレーシア人のシバさんと無事合流し、宿泊ホテルのコパカバーナのゴールデンチューリップホテルへ向かう。ホテルにチェックインし、12時にロビーでソニーブラジルのトニー岡田さんと待ち合わせ。トニーさんには、中国、シンガポールでも大変お世話になっていたが、9月にブラジルに赴任したという。ブラジルでもお世話をかけることになった。ありがとうございます。
 トニーさん、同僚のフェリペさんと、まずはランチに行く。ランチは、ブラジルのランチの定番である“ポルキロ”、実はこの後も何度もお世話になる。バイキング料理の変形のようなシステムで、お皿に自分の好きな料理をとって、最後に重さを量ってもらうと、重さに応じた料金が示されるというもの。なかなか合理的なシステムだ。



 ランチも終わり、いよいよわブラジル取材のスタートだ。夜行の飛行機で着いたばかりだけど、いよいよブラジルの放送局が見れるという興奮のためか、疲れを感じない。今日の取材は、テレビグローボのリオデジャネイロのスポーツ、ニュースセンターだ。テレビグローボは、巨大放送局だけあり、リオ市内にもいくつか拠点を持っている。
 まずは、最上階のリオ市内が見渡せる情報番組のスタジオへ。リオの象徴のキリスト像の山の麓に位置しているが、あいにくの天気でキリスト像は見れない。ここから、ニュースや天気予報、交通情報を放送している。
 展望の良い窓全体に、2枚の電動NDフィルタが仕込んであり、スタジオ内と外の景色の明るさの違いのバランスが取れる様に工夫されている。



 続いて情報番組のスタジオ。円形のステージで、背景はLEDのスクリーンが仕込んである。周りには情報番組のデスクが並び、素材の送出卓等も一体化している。



 スポーツ番組のスタジオは、コーチングシステムが設置されており、これを使用してサッカーやバレーボールの解説が行われている。



 メインの報道スタジオは、ニュースルームの上段にあり、スタジオから見ると、キャスターの背後に忙しく動き回るニュースルームの様子が映し出される構成になっている。



 広い局内を隅々まで見せていただきブラジルの放送局の巨大な片鱗が理解できた。テレビグローボの最後のミッションは、CTOのレイモンド氏へのインタビュー、同士は、4K化にあたって局内のインフラのIP化を推進しており、第一弾として4K IP中継車を製作、1月に完成し、これでリオのカーニバルの中継を行うという。初日から、ブラジルの放送局の先進性に触れた一日となった。 



 ディナーは、コパカバーナの海岸沿いに建つ海鮮レストラン、トニーさんの夜行明けで肉料理はきついだろうという心遣いに感謝する。いきなり、生牡蠣や雲丹でディナースタート。まぐろのカルパッチョもわさびしょうゆがあったらもっと美味しいのではと思う新鮮さだ。雲丹は、馬糞雲丹には及ばないが、回転寿司の雲丹よりはおいしい。次々色々な海鮮料理が運ばれてきてねお腹が一杯となる。



 アルコールは、ブラジルのポピュラーなお酒、カイピリーニャ。サトウキビのスピリッツ・カシヤッサにライムと砂糖と氷を混ぜてシェイクして作る。砂糖が入るので口当たりがよく美味しいが、度数が高いので注意が必要だ。ブラジル最初の夜は、美味しい料理とお酒で更けていった。

12月2日(水)グローボSATの4K中継車

 ブラジル二日目。疲れているが、なかなか熟睡できないのがつらい。最近は、医者にもらった睡眠導入剤もなかなか効果を発揮してくれない。



 ホテルのレストランからはコパカバーナの海岸が眼前に開けるが今日も天気が良くない。朝食のビュッフェには各種の食べ物が並んでいる。パンもハムも美味しいが、フルーツは絶品だ。ジュースもとてもおいしい。



 10時にトニーさんがホテルに迎えに来てくれて、そろってソニーブラジルのリオのオフィスにお邪魔する。ここでブラジルの4大ネットワーク+グローボSATの5大放送局の説明や、ソニーのビジネスについて説明を受ける。
 ランチは今日も“ポルキロ”、2回目なので少し要領がわかってきた。トニーさんが、ブラジルの肉は新鮮でおいしいというので、ためしに鶏肉を食べてみたが濃厚で本当に美味しかった。



 今日の取材はグローボSAT、2年前のFIFAワールドカップのブラジル大会で、いち早く4K中継車を導入して、世界初の4K中継をワールドワイドで行った立役者だ。オフィスでお話を聞いた後、実際に中継車を見せていただく。




 グローボSATの4K中継車は20tという超弩級の中継車で、コントロールルームに入ると、とにかく広くて中継車であることを忘れてしまいそうになる。スイッチャーを中心としたコントロールルームと、カメラのリモコンが並んだVEルーム、そしてミキシングコンソールの置かれたオディオルームに内部が分かれている。



 グローボSATでは、CTOのロベルトさんと、技術部長のラウエンコさんに、4K技術中継車の導入の経緯や概要、今後の展開等についてお話をお聞きした。



 ディナーはブラジルといえば誰しも思いうがぶシュラスコ料理。お酒は昨日覚えたカイパリーニャ。本場のシュラスコ料理は、肉のボリュームもダイナミック。とにかく新鮮でおいしい。カイピリーニャの二杯目を飲んだ当たりで急にお酒が聞いてきて、物凄い眠気に誘われてダウンしてしまった。デザートタイムで目が覚めて、プリンを頼んだらこれがまたおいしかった。ブラジル二日目の夜も楽しく更けて行った。

12月3日(木)リオは今日も雨だった

 ブラジル三日目。今日はリオで唯一のフリーの日。出発前の計画では、午前中はキリスト像をの観光ツアーに参加、そして午後はコパカバーナの海岸でデッキチェアーに寝ころび白い砂浜、青い海、グラマラスな美女のビキニ姿を鑑賞しながら日光浴だった。しかし、朝起きたら外はどしゃぶりの雨。日本を出てから一日も青空を見ていない。晴れ男のはずなのに…。



 午後になって、雨が小降りになったのでコパカバーナの海岸を散歩。肌寒くて、とても泳げる状態でない。海岸にもほとんど人の姿は見られない。



 砂浜に砂のお城があったので、写真を撮っていたら作者らしき若者が出てきてチップをよこせという。観光客が少ないので、こういう商売も大変だろう。
 


 路地に入ると、梅寿司という日本レストランを発見。天気もよくないし日本食でも食べて元気をつけるかと入るが、これが大外れ。おいしかったのはブラジルのドメスティックビール・ボヘミアンとインスタントとおぼしき味噌汁だけ。焼きそばは、どうしたらこんなまずい料理ができるのかという味だった。



 海岸通の一本裏の道は、生活観溢れるお店や土産物屋が並んでおり、ここで山頂のキリスト像のミニチュアを購入し、リオデジャネイロのお土産とする。インディオの青年が、葉っぱで器用に色々なものを作っている露店もあり楽しめた。そのうち、またまた雨が降り出したので、ホテルに戻りごろごろ、休養に努めた。



 ディナーは、ホテルのそばの大混雑しているレストランに入って、フレンチ風のローストチキンを注文。1800円ぐらいのメニューだったけれど、出てきた料理を見てびっくり、鳥を一羽使ったような巨大な料理が運ばれてきた。物凄くおいしかったけれど、さすがに半分食べたところでお腹が一杯になってしまった。

12月4日(金)世界最大のドラマスタジオ

 今日はブラジル取材のハイライト、テレビグローボの番組制作の拠点『プロジャック』の取材。杉本さんも、三瓶さんも、毛塚さんも、プロジャックを見ないでブラジルの放送業界は語れないといっていた。コパカバーナから渋滞する市内を抜けて、2時間弱、建設中のオリンピックスタジアムや選手村をすぎると100万平米の広さのコンテンツファクトリー『プロジャック』に到着する。10の巨大スタジオ、そして3箇所の野外セット、幕張メッセほどもある大道具の工場、特殊効果研究室、ハリウッドをしのぐポストプロダクションセンター、発電所、衣装の縫製工場、宿泊施設などが緑の敷地に点在する。タレントも全て、専属だという。




 エントランスを入ったところで、全体の敷地の中の設備の説明を受けてゴルフカートに乗車して施設見学をスタートする。まるで、テーマパークのようだ。ここで作られたドラマは世界120ヶ国に輸出されている。国内で限られたパイを奪い合っている日本のテレビ局とはえらい違いだ。



 まずは、スタジオで使用するセット工場にカートを乗り入れる。とにかく広い、ここでは屋外のセットの製造も行っているという。何処まで言っても、セットの製造が行われており、びっくりぽんだ。



 続いて特殊効果の研究室。ここでは、爆薬の研究から割れても怪我をしないビール瓶やガラス、さらにリアルなメイクや死体のパーツ等、ありとあらゆる特殊効果技術を研究している。花瓶を破壊させていただいたり、刺青、傷口等の実演をしてもらった。



 次はオープンステージの取材。今回見せていただいたのは、ブラジルの庶民の暮らす街並み。室内もロケで使用する建物はがっちりできているが、外観だけの建物は樹脂等でできた張りぼてだ。
 貧しい生い立ちの主人公が成功して金持ちになるにストーリーがノベルと呼ばれるソープオペラの定番なので、ここはスタートになる街並みかもしれない。



 続いて、いよいよスタジオへ。カメラとしては、何とソニーのF55が50台設備されており、各スタジオにはVPU4000がカメラの台数文設置されている。HDはHDCAM SRの450Mbpsと、オフライン編集用のXDCAMの50Mbpsで収録するという。4K収録用にSR MASTERも設置されていた。



 続いてポストプロダクションセンターを見学。アビッドのオフライン編集室が60室、ベースライトを設置したグレーディングルームが6室、オンラインはPablo等を使用、さらにVFXルームには各種CGシステムやコンポジットシステムが設置されている。ハリウッドのポストプロダクションをしのぐ設備がスタジオと一体で稼動している。



 アーカイブシステムは、ファイル系はソニーのODA、IBMのLTOのカートマシンが導入されていたが、物凄いのはテープのアーカイブシステム。時速80kmで走り回るロボットがはるかかなたまで続くテープラックから指定のテープを取り出す自動システムが稼動していた。




 プロジャックでは、技術責任者のパウロさんにランチをご馳走になりながらインタビュー。最初お会いしたとき専属の俳優さんかと思ってしまった。役員レストランのメニューも素晴らしく、スズキのムニエルは絶品だった。楽しい取材ができたと同時に日本では見られない先進設備にただただ驚いた。ブラジルの放送局は、完全に日本の上を走っていることを実感した。



 プロジャックの取材を終えて、オリンピック設備を見に行く。ここはIBC放送センターの建物だけど、工事の人影が見当たらない。フェリペさんに聞いたら、FIFAの時もこうだったという。



 金曜日の4時過ぎだから人が居ないのかもしれないが、本当にオリンピックに間に合うのか心配になってくる。こうして、リオデジャネイロの最後の取材も、充実のうちに終了した。

12月5日(土)サンパウロへ移動

 今日は、リオからサンパウロに移動する日。9時にはホテルを後にして空港へ向かわなければならない。そして。悔しいことに外はピーカン。ブラジルに来る前に、さんざんイメージトレーニングしていた天気だ。青い空に青い海に白い砂浜。最後に見れただけで良しとすべきか。



 悔しいので、出発までの30分程、コパカバーナの海岸を散歩。残念ながらビキニのお姉さんには出会えなかったが、コパカバーナの景色を目に焼き付けた。



 さらに、空港へ向かうタクシーからはリオデジャネイロのランドマークのキリスト像。滞在5日目にして、初めて目にすることができた。



 サンパウロへの移動は、またまたブラジルの翼TAM航空、チェックインの女性にJALのeチケットを見せると、またまた読めません。もうその手には引っかからないぞ。ラテンの人は、サービス精神が旺盛だ。窓側の席を確保し、サンパウロまでの景色を楽しんだ。



 ホテルは、サンパウロの銀座通り、パリウスタ通り近くの日系人の青木さんの経営するブルーツリーホテル。レストランで日本食が食べられるというのが最大の特徴。ランチは、チキンカツカレー、ディナーは豚肉のしょうが焼き、これで元気が出てきた。カレーはとても美味しかったが、しょうが焼きは塩辛かった。

12月6日(日)サンパウロの休日

 今日は日曜日、朝食を食べにレストランに行くと、ご飯に味噌汁に納豆に味付け海苔。おまけに、ふりかけまで用意されている。これだけで元気になるのは日本人だからか。



 味は細かいことを言えばそれなりだけど、ブラジルで納豆を食べれる幸せはありがたい。久しぶりの本格的日本食を堪能する。これで、ブラジル後半戦は大丈夫だ。



 休日ということで仕事にならないので、今日はサンパウロのお散歩。まずは、パリウスタ通りをぶらぶらする。祭日ということで、歩行者天国になっている。ブラジルに来る前に、友人からiPhoneを人前で見せるとかっぱらわれるといわれていたが皆平気で使っている。ここら辺は、大丈夫なようだ。


 歩行者天国には色々な露店が出ていて、見ているだけで楽しい。通りに隣接する公園には、巨大なサンタクロースが飾られていた。



 続いてタクシーに乗り、旧市街に建つカテドラル・メトロポリターナを見学に行く。二つの尖塔を持つ立派な教会だ。しかし、この辺にはホームレスが沢山たむろしており気をつけなくてはならない。



 教会の中では、日曜日のミサが行われていた。荘厳な空気に包まれ、キリスト教徒ではないが、祈りをささげたくなる。



 旧市街をブラブラしてタクシーで近くの東洋街に移動。ここでもお祭りをやっていた。ランチは中華料理屋で餃子やビーフン、これもとても美味しかった。東京を旅立って1週間、だんだん、里心がついてくる。



 ディナーはホテル近くの庶民的なイタリアレストランへ。ここでスパゲティのミートソースらしき食べ物を注文したら、ソースがだぶだぶだったけれど、何となくイメージどおりの料理が出てきて一安心。サンパウロの休日は、楽しく終了した。ホテルに戻り10時から断水するというので、早々にシャワーをあびてバスタブに一杯水を貯めておく。

12月7日(月)TVグローボ、サンパウロ

 月曜日、いよいよサンパウロでの仕事をスタートする。6時に断水は解消するはずが、夕方の7時になるという。バスタブに貯めた水が威力を発揮する。
 朝食はもちろん、ご飯に味噌汁、納豆に卵焼きに焼き海苔。これで仕事に立ち向かうエネルギーの充電が完了した。



 今日、最初のスケジュールは、杉本さんに紹介していただいた、サンパウロのマッケンジー大学に勤める日系二世の尾身さんとのインタビュー。尾身さんには、ブラジルの地上デジタル放送の進捗状況を中心に、業界の動きについてお話をお聞きする。大学近くのレストランで、ブラジルでおなじみとなったポルキロのランチをご一緒してホテルに戻る。尾見さんには、明日のSBTの取材のアポをとっていただいた。



 午後は、テレビグローボのサンパウロのニュース、スポーツセンターを取材。リオでお世話になったトニーさんとフェリペさんがホテルまで迎えに来ていただき、テレビグローボのサンパウロの拠点にお邪魔する。ここも立派な局舎だ。




 サンパウロにも、リオと同様に最上階に街並みを俯瞰する情報スタジオが設置されており、ここでニュースや天気予報、交通情報を放送する。ここにも、二重のNDフィルターが仕込まれていた。



 スタジオ棟の局舎の真ん中には人口の川が流れており、そのまわりにテーブルが置かれ食事や落ち矢を楽しんでいる。なかなかおしゃれな造りだ。



 ニュースセンターもリオと似た造りとなっており、報道デスクのドンつきにニューススタジオが設置されている。日本と違って、なかなかおしゃれな造りとなっている。





  人工の小川をはさんで複数のスタジオや編集室が並んでいる。スポーツスタジオには、ここでもコーチングシステムが設置されており、ブラジルのスポーツ番組には不可欠のシステムのようだ。リオに比べると、少し小振りだが、全設備を見せていただくと、けっこうな距離をあるかなければならず疲れる。



 ディナーはお世話になった、トニーさん、フェリペさんを、サンパウロの有名なシュラスコ料理店にご招待。ここは焼いた肉をくしに刺して持ってくるのではなく、店内のバーベキューコーナーに行って好みの肉を選んで焼いてもらうシステム。ポルトガル語はわからないので、フェリペさんに手伝ってもらって、最初は全種類を少しずついただき、続いて好みの肉を注文するが、大きさ、厚さ、焼き加減と注文が難しい。フェリペさんにポルトガル語に通訳してもらい、美味しいお肉を堪能した。これで、トニーさんとフェリペさんとはお別れ、大変お世話になりました。

12月8日(火)石丸さんとSBTサンパウロ局

 昨日ホテルに戻ったら断水は解消しており一安心。今日も朝食は、ご飯に味噌汁、納豆に卵焼きに焼き海苔。これで仕事に立ち向かうエネルギーの充電が完了した。



 今日は毛塚さんの紹介で、元ソニーラテンアメリカの営業部長で、現在はコンサルティング会社を経営しながら、リーダー電子、JVCのブラジルのビジネスも担当されている日系二世の石丸さんにお会いし、ブラジルのプロ用ビジネスについて詳しくお話をお聞きする。解りやすく資料をまとめてきていただき、非常によく理解できた。



 ランチは、ホテル前のポルキロの料理店にいく。実は、ここはランチしか営業していないので、このようなお店があることは知らなかった。綺麗でメニューも抱負で、特に石丸さんお勧めの川魚のフリッターが美味しかった。



 午後はブラジル第3位のネットワークSBTのサンパウロの本局を取材する。心細いので、石丸さんに同行をお願いすると、快く引き受けてくださり、フリーウェイを快走、隣町の小高い岡の上に建つSBTに到着した。



 これまでの取材は、ブラジルのコマーシャル収入の7割を独占するテレビグローボ関係の取材だったので、SBTに行って、あまりの雰囲気の違いにびっくり。急にラテンのフレンドリーな対応となり、技術責任者のレイモンド氏を初めとする技術スタッフにお話をお聞きするとともに設備を見せていただいた。



 SBTのオーナーがパーソナリティを勤める、視聴者参加型番組のスタジオは白を基調に仕立てられている。SBTサンパウロには、8つのスタジオが設置されていた。



 ニューススタジオは、大きな報道センターの中にガラス張りで設置されており。背後にクリスティの壁面モニターが埋め込まれ、色々な演出が可能となっていた。



 SBTも大きなバックヤードを備えており、ここでは大型のセットの組み立てが行われている。取材時は、クリスマス特番に合わせたセットが作られていた。



 もちろん衣装も、自分達で制作しており、縫製工場では多数のミシンが稼動していた。ブラジルの放送局は、自給自足体制が充実している。
 SBTの取材を終えてホテルへ戻る。今日も充実した一日だった。石丸さんに大感謝、我々だけではたどり着けなかったかも知れない。

12月9日(水)サンパウロの独立局TVガゼッタ

 ブラジル出張も残すところ二日間。最終ステージに突入だ。今日もご飯に味噌汁、納豆に卵焼きに焼き海苔。これで仕事に立ち向かうエネルギーの充電が完了した。



 10時半にパナソニックの天野さんとホテルのロビーで待ち合わせて、天野さんの車でサンパウロの独立局・TVガゼッタに向かう。テレビ局の隣のショッピングモールの駐車場に車を止めて、モール内の日本料理店でランチ。チャーシュー麺を注文したが、あまりの美味しさに写真を撮るのも忘れてかぶりついてしまった。



 TVガゼッタは、日本で言えばMXテレビのような、サンパウロの独立テレビ局。。視聴率はそれなりに高いという。凄いのは、その立地で、日本で言えば銀座の松屋のような立地に放送局がある。ビル内には映画館や、映像系の専門学校、放送も可能な多目的ホールを備えている。



 放送設備は、コンパクトながら機能的にまとめられている。この放送局も、日本からの珍客をフレンドリーに歓迎していただき、本番中のスタジオにも入れていただいた。
 


 技術責任者のユリさんに、設備の概況、ニュースシステムにP2システムを導入された背景、さらに今後の4Kへの対応等をお聞きするが、逆に日本はなぜ8Kをやっているのかと聞き返され困ってしまった。



 テレビガゼッタの。取材クルーはサンパウロのあちこちでみかけられ、こういう地元密着が視聴率につながっているのかもしれない。



 ディナーは、天野さんご推薦の、隠れ天麩羅屋さんに連れて行っていただく。ビルの奥の看板も出ていない店で、本格的天麩羅をいただく。すっかり日本気分だ。こうして、サンパウロ最後の夜も充実のうちに更けていった。


12月10日(木)~12日 TVバンデランティス、そして成田への30時間の旅路

 長かったブラジル出張も今日で最後。今日の深夜便で日本に帰る。いつもの通り、ご飯に味噌汁、納豆に卵焼きに焼き海苔。これで仕事に立ち向かうエネルギーの充電が完了した。



 パナソニックの天野さんにホテルに迎えに来ていただき、ブラジル第四位のネットワーク、TVバンデランティスへいく。サンパウロ局は、日本で言えば準基幹局といった規模だ。駐車場には、多くのSNG車が並んでいる。
 


 まずは、技術責任者のジョセさんに同社の設備の概要についてお話を伺う。この局も、今回取材した他の局と同様にテープレス化が進んでいる。設備見学では、最初にラジオのスタジオを見せていただくが、人気番組の放送中らしく活気に満ちていた。



 同社も地上波をはじめ衛星放送やIP放送等の多くの放送を手掛けており、それぞれの用途に応じた、スタジオやスタジオサブが設置されている。マスターは、一箇所に集中しており、壮観だった。

 
 ニュースルームの中央には、LTO-5によるアーカイブシステムが設置されていて、ファイルベースの素材管理が行われている。



 テープレス化の中心となるサーバールームは、ハーモニックが手掛けたもので、大型サーバーが所狭しと並んでいた。



 ニーススタジオは、地上波用、衛星用、IP用にわかれて各種設置されており、24時間体制で稼動している。



 約2週間にわたったブラジル取材もこれで終了。長くもあり短くもあったが、何よりも当初考えた以上の大きな収穫があった。詳しいレポートは、月刊放送ジャーナル3月号で紹介したい。



 ホテルに戻り、荷造りを済ませて、一休みして19時過ぎに空港へ向かう。大渋滞の中、21時前にサンパウロの国際空港に到着。ブラジル最後の食事は、天麩羅うどんとサッポロビール。天麩羅のボリュームには参ったがおいしくいただいた。



 空港で残ったレアルで最後のお買い物。結構インフレで物価は高いような気がする。空港にはパナソニックの4Kテレビが置かれていた。



 サンパウロから13時間でロサンゼルス到着。アメリカン航空の機材は、何と新品の787、しかも隣が空席だったので静かで快適なフライトだった。機内の映画も、大画面で全て日本語に対応、とてもアメリカン航空とは思えない。一方、JALの機材は777、早く787に置き換わらないかなとつい願ってしまう。



 トランジットで5時間待ってJALで成田空港へ。JALに乗ると日本に帰った気になるが、周りは皆アジア系の外人ばかりだった。向かい風が強く12時間のフライト。787に乗った後の、777はうるさくて眠れない。サンパウロを飛び立って30時間、やっと成田空港に到着した。
 成田からは、リムジンバスで吉祥寺、タクシーで自宅、延々32時間半の旅は63才の老体には答えたらしく、その後一週間は使い物にならなかった。
 
最後に
 今回のブラジル出張にあたり、貴重なアドバイスをいただいた、杉本さん、毛塚さん、三瓶さん、現地でお世話になった岡田さん、トニーさん、フェリペさん、尾身さん、石丸さん、天野さんに心から感謝します。お蔭様で、何事もなく帰国でき大きな収穫を得ることができました。






 
プロフィール
東京生まれの東京育ち。
団塊の世代を絶えず観察しながら育った次の世代。
カメラと鉄道模型と食玩とHDノンリニア編集機と一人旅が大好き。
人に命令されるのと、薩長土肥の田舎侍が大嫌い。
2インチスーパーハイバンド時代から、最新のVoIPIまで語れる唯一の業界記者。




 
大阪支社F記者のHP





 お気に入りデジカメSCOOP